太陽は完全に昇りきってしまった。
退屈で仕方ないというのに唯一の癒しである彼女は現在城内には居ない。
城内をてきとうに歩いていたら見つけた陸遜様に訊けば城下の市に出かけたのだとか。
今から追いかければきっと間に合うのだろうけれど何せ人ごみが苦手でさらにはめんどくさい。
なるべく人の少ない場所に居たい私は城下へ降りるのを潔く諦めた。
そして私は上官に見つかって無理矢理凌統様の部屋で執務をさせられているわけなのだけど。
「さっきから筆が止まってるぞ、零」
彼女がいないというのに執務なんか手につくわけがないと思う。それなのに執務をしろ、とはこの上官はどれだけ鬼なのだろうか。
「やる気が出ません、鬼上官様」
「……お前な……」
思ったことが思わず口をついて出てしまった。凌統様は眉間に皺を寄せて不機嫌顔だ。
まあそんなこと私には関係ないのだけど。
彼女も居なくて無理矢理執務をさせられて、しかもこの部屋には私と凌統様だけ。
勘弁してほしいものだ。
首にぶら下げた御守に触れてみた。
そういえば、今日は私の誕生日だったような気がする。
父上と母上には申し訳ないけど今まですっかり忘れていた。
私が生まれなければ彼女とは出会えなかっただろう。
彼女が生まれなければ私は出会えなかっただろう。
この小さな出来事に私がどれだけ救われただろう。
それは彼女だけでなく、凌操様、凌統様にも言えることだろう。
この上官には絶対言わないけれど。
上官を見たら私に執務をさせることを諦めたのか自分の執務を進めていた。
見た目は不真面目そうに見えるのにやる時はやる男だ。
そこがまた女官たちに人気なのだろうか。
上官が執務を進めているからといって私は特に進めるつもりはない。
生意気?そんなの知らない。彼女にさえ良く思って貰えたらそれでいい。
彼女はいつ帰ってくるだろうか、帰ってきたらたくさん構ってもらおう。
私は筆を遊ばせながらそんなことを考えた。
目敏くそれを見た凌統様が私を怒る。
怒っているのに整った涼しげな顔が苛立ったので書簡を凌統様目掛けて思い切り投げてやった。
今の私は、帰ってきた彼女から贈り物をされることを知らない。
彼女が帰ってくるまで、あと少し。